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巻頭言(7): 日本の技術
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ページ執筆 1999. 10. 11
最終更新 2002. 10. 3

揺らぐ日本の技術的優位

ざんまい巻頭言 その7

日本の自動車が今でも「世界一」なのかどうかわからないが、 今でも世界の自動車産業をリードする国のひとつであることには違いなかろう。 しかし、 そういうイメージを持っていると、 舶用等の大型ディーゼルエンジンは国内ではいいものがあまりできていない、 と聞いて驚く方が多いのではなかろうか。 船のことはよく知らないが、 例えば鉄道の「気動車」(ディーゼルカー)用のエンジンでみると、 国鉄の分割・民営化改革前後で大違いという風情である。 改革前は国内のメーカが独占的にエンジンを供給していたが、 分割後のJR東海がイギリスのカミンズ社からエンジンを購入し、 高山線用の「ワイドビューひだ」号(キハ85系)に搭載したのが契機だったと思う。 この後国内メーカも相次いで対抗製品を発表し、 現時点ではカミンズが際立ってよいとかいうことはなくなったように見えるが、 この間のエンジン性能の向上の速さは、 例えば排気量に対するエンジン出力の変遷を見ても明らかだ。 排気量13リットルていどのエンジンの馬力は、 国鉄改革前のが250馬力程度だが、 現在は400馬力を超えて500馬力に近くなりつつあるようだ。 こうした進歩は、 このような種類の「外圧」がなければ実現しなかったに違いない。

同じ鉄道車両用のディーゼルエンジンでも機関車クラスの大きさになると、 いよいよ国内ではいいものができないらしい。 国鉄改革後唯一のディーゼル機関車の新造となったJR貨物のDF200も、 迷わずドイツからの輸入品を採用している。

(注)試作車。量産車では国産エンジンに変更になった。

それでも、 これらは元々日本が強いとはいえない分野であったから、 まあいいことにしよう。 しかし、 従来強かった分野においても蚕食が進んでいる状況が見られることは、 資源もなく、 十分な農産物を自給することもできず、 技術で食べて行くしかないわが国にとって憂慮すべき事態ではないだろうか。

高木が関係している電力機器の分野において、 そのような事例を頻繁に見るのは特に残念なことである。

大電力を制御する半導体素子に GTO と呼ばれるものがある。 1990年頃、 日本の鉄道界では GTO 素子を使ったインバータ制御装置を搭載した電車が花盛りであった。 1980年代おわりから急速に普及が進み、 1990年代はじめに東海道新幹線300系 「のぞみ」の完成により技術力を世界に示すことができた。 今でも、 この種の車両の保有数では世界ナンバーワンの地位を保っていると思う。

しかし、 1990年代後半になって様子がおかしくなった。 1995年にはJR東日本が常磐線用交直流電車の新形式車両の投入を始めたが、 この新形式車E501はシーメンス社のシステムを採用したのである。 採用の最大の理由は価格が安かったことだそうだが、 PWMコンバータ採用、 高粘着制御などを可能にするベクトル制御など、 要するに新機軸満載だった。 日本ではPWMコンバータの採用は新幹線以外では初めてだったし、 ベクトル制御は新幹線を含めても採用例がなかったというから、 海外メーカに対して遅れははっきりしていた。

それでもこの時点ではまだ GTO 素子は日本から供給を受けていたが、 やがて GTO より高速な制御が可能な IGBT 素子の時代になると、 素子の供給も日本の独占とはいかなくなりつつある。 先日とある会合で東芝の技術者とお話しする機会があったが、 「IGBT 素子に関しては日本が特に技術的に優位とは言えなくなりつつある」 と、 実に弱気な発言が飛び出してきた。

何年か前にはパワーエレクトロニクスは 日本が世界をリードする分野のひとつであったことを考えると、 現在の惨敗状況は情けないの一言につきる。 ただ、 このようなことになった原因は「巻頭言」で分析するには荷が重い。 今回は、 電力とか鉄道とかいった分野は国家戦略的に考える必要がある分野でもあること、 そして、 こうなった原因をメーカの努力不足だけに帰することはできず、 ユーザ側の姿勢にも、 そしてそれをリードする国の政策にも大いに問題があること、 この2点を指摘するにとどめよう。

心配なのは、 これがこの分野にとどまる話なのかどうかという点だ。 いくつかの「エコノミスト」たちの分析には、 日本の技術力や教育レベルなどの蓄積があるから日本の潜在力はまだ失われていない、 とするものがあるが、 残念ながら僕はそういう分析は眉唾ものだと思っている。

技術的な優位は旺盛な技術者の研究開発活動によって守られるものだと思うのだが、 某大手電機メーカの技術者で僕が会う機会があるひとたちは、 ほとんどが俗にいう「リストラ」におびえている。 そうでないメーカもあるにはあるがどちらかというと少数派のようだ。 日本では規制の多い国立大学を嫌い、 大学抜きで基礎研究から行う体制がバブル崩壊前に確立しかかったが、 この体制はバブル崩壊とともにあっさり崩れさった。 それを補う意味でも、 大学等で活発な技術開発活動が行われていればよいが、 大学はとてもそんなレベルまで追い付いてきたようには見えない。

日本ではブルーカラーのレベルが高い、 とされてきたが、 それもだんだん怪しくなりつつある。 茨城県東海村ではJCOという会社がずさんなウラン燃料の取り扱いをしたために 「臨界事故」 が発生したが、 同種の事故は欧米ではこの20年来起きたことがないと報じられている。 要するに簡単な注意を守れば防げる事故なのであり、 こんなことすらできずに原子力先進国とは片腹痛い。 JR西日本では新幹線のトンネル等でコンクリートの崩落事故が相次いでいるが、 国鉄時代のこととはいえ著しい手抜きが工事の際に行われていたことが明らかである。 JR西日本も恐らくは必死に検査しているのだろうとは思うが、 安全宣言から1年も経ることなく 10月9日に崩落事故をふたたび起こしたのは情けないというほかない。

教育レベルが高いというのもだんだん幻想になりつつある。 世界的にみて英語の能力が低い、 科学に関する知識レベルが低い、 など学力・知識の絶対的あるいは相対的な低下や不足のあらゆる兆候が見えているし、 これに追い討ちをかけることが確実な学習指導要領の改訂も今後行われる。 人心の荒廃も明らかに進んでおり、 駅やその周辺などで殺人・ 傷害・暴力行為等の事件が多発していることからもわかるように、 社会の治安レベルも低下の一途を辿っている。

現在の政治家たちは、 景気が回復しさえすれば元の軌道に戻せると高を括っているのかも知れないが、 こうして同時に表れてきている様々なことがらの影響は、 そんなに簡単に解消できるものではあり得ない。 誤った現状認識による楽観論は厳に戒めるべきだ。

正直なところ、 僕も自分が悲観的すぎると信じたい。 しかし、 つらくても現実を直視することをやめてはならない、 と思うのだ。


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高木 亮 webmaster@takagi-ryo.ac
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