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巻頭言(10): チョッパ回路作り
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ページ執筆 1999. 11. 14
最終更新 2002. 10. 4

チョッパ制御回路を作る

ざんまい巻頭言 その10

職場の 「技術開発センター」 が先日一般公開されたのだが、 その出し物用にチョッパ制御回路を作った。

出し物は 「体験コーナー」 というやつである。 主に子供向けの出し物であるが、 理科嫌いの子が増えているという現状を打破し、 将来はできれば電気技術を志す若者になってほしい、 というような意味合いもあるのだと思う。 ところが、 他のグループは電池を作るとか電球を作るとか、 もう少し簡単なわかりやすいテーマで実験をしていたのに、 我々に当初与えられたテーマは何と 「パワエレで省エネ」 というのである。

だいたいパワエレ (パワーエレクトロニクス) なんてものを分かりやすく説明するのだって簡単ではないが、 後半の 「省エネ」 のほうはもっと問題である。 子供たちが理解できる 「省エネ」 となると、 有名な 「でんこちゃん」 ではないが 「電気はこまめに消そう」 とか 「エアコンの温度設定は適切に」 とかそういう話になってしまう。 しかし、 パワエレは別に電気をこまめに消したりするためのおまじないではない。

例えば、 インバータ蛍光灯というのが最近ずいぶん普及してきたが、 これが従来の点灯管方式に比べなぜ省エネルギーになるのか、 きちんと言える人は多くないと思う。 とりあえずこの答えとしては:

  • 安定器がないため、 これによる損失がない。
  • インバータ点灯では高調波を多く含んだ電流を流すため、 同じ蛍光管を使用していても効率が高くなる。

といったあたりのことが言えればよいと思うが、 説明するのならともかくそんなことをどうやって 「体験」 させたらいいのだろうか。

例えば30Wの蛍光灯のついた従来型の灯具を点灯すると、 安定器による損失があるから灯具全体としては35W程度の電力を消費する。 それがインバータ蛍光灯では例えば31W程度になるわけだから、 電力計をふたつもってきて 「ほーらこんなに違うよ」 といえればいいと思うが、 測定誤差が心配だし、 何より35Wが31Wになったところでそんなに 「すごいね」 と思ってくれるかどうか。

そんなわけで、 本来高木自身が出席すべき (でも都合により代理を立て欠席した) 準備会合で、 テーマ自体が 「パワエレで省エネ」 から 「パワエレで制御」 に変更になった。 確かに制御ならば、 もう少し説明は簡単であろう。 先ほどのインバータ蛍光灯の例で言えば:

  • 電力会社からの電気は1秒間に50回電気の流れる向きが変わるから、 従来の蛍光灯では 「ちらつき」 があった。 インバータ蛍光灯ではこの向きの変わる早さがけた違いになったので、 「ちらつき」 もなくなった。
  • 従来の蛍光灯では調光はできなかったが、 インバータ蛍光灯ではできるようになった。

といったような機能で説明ができる。

そのあたりをもう少し手作りで見せるために、 チョッパ回路を組むことにした。 チョッパは半導体の高速なスイッチを使って直流を別な電圧の直流に変換する回路。 架線からの直流を電源に走る電車で多く利用されたが、 最近はインバータの普及であまり使われなくなってしまった。 その 「制御」 の対象は、 パソコンなどによく使われる直流12Vのファンである。 指先ほどの小さな半導体素子 (今回使用したのはパワーMOSFET) 1個で、 12V0.13Aのファン12個をコントロールしようというものだ。 ファンのスピードがチョッパ制御で自在に変化させられるよ、 というのを見てもらおうというわけだ。

問題は MOSFET のドライブ回路の設計である。 考え方としてはデューティ比をツマミで連続可変にできるようにして、 オープンループで制御する簡単なものなのだが…。

乾電池でも駆動可能なように、 まずはローパワーの LMC-7101 というオペアンプで回路を作った。 チョッパは半導体スイッチの高速な 「入」「切」 で制御を行うが、 スイッチの入切の早さ (チョッピング周波数) を1kHz (1秒間に1000回) 程度として回路を組んでみた。 この回路の出力を MOSFET のゲートにつなぎ、 ファンを回してみると、 キーンというチョッパ制御電車みたいな音がして、 ファンが回り出す。 いちおうツマミをいじればファンのスピードも変化する。

ところが、 オシロスコープで回路の測定をしてみると、 電流が断続していることがわかった。 チョッパ回路ではインダクタンスが十分でないと電流が断続してしまう。 対策はインダクタンスを増すためトロイダルコイル等を回路に挿入するか、 インダクタンスが少なくても動くようにチョッピング周波数を上げるか のいずれかである。 MOSFET は極めて高速なスイッチングが可能だから、 1kHzどころか100kHzくらいまで周波数を上げても大丈夫かも知れない。 そこで、 まずは周波数を4kHz程度まで上げてみたが、 まだ足りなさそうだ。

もう少し周波数を上げ目にするかと思いつつ、 ドライブ回路の出力波形を見てみると、 オペアンプの 「スルーレート」 (出力電圧の変化の早さの最大値) の制約からこれ以上の周波数は出なさそうだった。 オペアンプも安いのから高いのまでいろいろあり、 今回は200円前後で手にはいる安物を購入したのが運の尽きだったようだ。 そこで、 オペアンプは諦めて C-MOS ロジックICで回路を組むことにして、 チョッピング周波数20kHz程度のものを試作した。 これならインダクタンスなしでも何とかなりそうだが、 こんどはキーンという音がしなくなってしまった。

人間の耳で聞こえる音は、 周波数でいって20Hzから20000Hz(=20kHz)くらいまで。 チョッパのスイッチングに伴って モータに流れる電流はスイッチングと同じ周波数で脈動し、 その脈動がモータを振動させてそれが音として聞こえるが、 スイッチング周波数が20kHzなら出てくる音も20kHzとなり、 可聴周波数を外れてしまうというわけだ。 超音波を聞き取るコウモリが会場にいれば、 イヤな音を出す機械を作りおって、 と不愉快そうな顔をしたかも知れないが、 相手が人間だから大丈夫というわけだ。 ただ、 展示物としては音が出た方が客寄せになるね、 という意見もあり、 オペアンプで作った回路を主に展示しておくことにした。

さて、 会場にはすぐにいじれるようにツマミをつけたドライブ回路を用意し、 オシロスコープも準備して波形がすぐに見えるようにした。 「体験コーナー」 だからなにか体験をしてもらうわけだが、 その内容は 「ツマミを回すとオシロスコープの模様が動くね」 というのでもいいし、 部品をツンツンと穴に挿していくだけで回路が試作できる 「ブレッドボード」 というのを使って、 来場者に回路を実際に作ってもらう、 という実演もできるよう、 いろんなものを用意しておいた。 高木もコドモのころ上野の科学博物館でオシロスコープを見るのが楽しみだったから、 オシロがあるだけだって子供たちには嬉しいだろうと思う。 回路製作実演の場合、 主回路部分ははんだづけでしっかり回路を作ってしまったので、 作ってもらえるのはドライブ回路だけであるが、 作った回路が動けば喜びも格別だろう。

公開当日。 懸念したとおり、 やっぱりあまり子供たちが群がるということにはならなかったようだ。 チョッパ制御なんて電車用以外ではほとんど見掛けないから、 チョッパという言葉に惹かれてやってきた大学生くらいのお年の男性 (鉄道好きと思しい) が多かった。

ただ、 小さな子供さんでも案外 「回路を作る」 をやってくれたのには驚いた。 電子部品は種類も豊富で、 向きなど間違えないようにしなければならないので、 「首っ引き」 で指導しなければならない。 子供たちも回路を組む段では何だかわからずに言われた通りにしているのだが、 「できましたね。じゃあこれを測ってみましょう」 とかいってオシロスコープを出力につないでみると、 デューティ比可変の波形が画面に写し出される。 そこまでいくと表情が突然嬉しそうになるのが面白かった。

来年同じことをするのなら 「回路を作る」 のをもっと前面に押し出した方がよさそうである。 負荷としても、 電動ファン程度ではなくて鉄道模型にでもした方がいいんじゃない、 という意見もあった。 チョッパ制御というだけで鉄道マニアが来ていたのに、 そこまでするとますますそういう向きばかり来るようになってしまうのでは、 と少々心配になるが、 展示物の見栄えとしては確かにそうかも知れない。

それにしても、 理科嫌いの克服に 今回のような努力を地道に繰り返し行わなければならないのだとすれば、 これは費用も人手も時間もかかることであり、 一朝一夕にはゆきそうにない。 回路を作ってくれた子供たちにはきっといい思い出になってくれたものと信じたいが、 一企業の技術開発部門がこうしたイベントで行う程度ではとても足りそうにない。 本来は教育システムが受け持つべきことなのだろうが、 国立大学の惨状はいうに及ばず、 有名な「学級崩壊」などに見る小学校の荒廃などをはじめ、 つい最近までレベルが高いといわれてきた日本の初等・ 中等教育はいまや深刻な問題をかかえているように見える。

こんな中、 東京・品川区では学校間の競争を扇るべく公立小学校の選択を自由化するそうだが、 このような地道な活動によってしか実を挙げ得ない教育という営みにとって、 こうした競争を扇ることはいい結果ばかりをもたらすことはあり得ない。 教員たちがよほどサボっている人ばかりなら、 競争による効率化で何とかなる要素もでてこようが、 そんなにサボっている人ばかりでないとなれば、 本来教育そのものに費やすべきエネルギーまで競争によって浪費させ、 全体としての質低下をもたらすだけだ。

教育には、 いろいろな意味での「資源」が必要だ。 もちろん、 少ない「資源」でより大きな実を挙げるという意味での効率化は重要だが、 「資源」 が十分でなければ何をやっても十分な実を挙げることはできないのも事実なのだ。 品川区の発想には、 その点の配慮がまったく感じられない。

ただ、 この「資源」は学校だけが供給すべき性格のものでないことも事実だろう。 我々が今回行ったイベントのようなものも、 うまくシステムに組み込めれば 大きな成果が出せるポテンシャルがあるような気がする。 従来日本には 「新人社員研修」 という企業による特異な教育システムがあったが、 昨今の経済事情のなかでこれはかなり崩壊し、 企業が即戦力を求めるようになったといわれる。 「新人社員研修」 は洗脳教育みたいなところが多分にあり高木は好きではないが、 日本の教育システムの重要な部分を占めていただけに、 これが単純になくなれば問題を起こすだろうとも思う。 その代りとして、 こうした形での社会貢献がシステム化されると、 案外面白いことになるかも知れない。 もちろん、 その効果が見えてくるのは非常に先の話ではあるのだが。

最後に後日談を少し。 「体験コーナー」 を総括していた担当者いわく、 「思ったより大人が少なかったですねえ。 『パワエレで制御』 は大人向けのテーマと思ったんですけど」。 ええっ、 ということは子供はもともと対象じゃなかったの? そんなあ、 いったいあの苦労は何だったんだ……


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高木 亮 webmaster@takagi-ryo.ac
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