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1999. 9. 4記, 2001. 1. 8最終更新
Written 4 September 1999, last updated 8 January 2001

平成11年産業応用シンポジウム「講演録」
〜日本における鉄道へのICカード応用
JIASC 1999: Lecture record
--- Applications of IC cards in Japanese Railways

はじめに

講演録といっても、テープをとったりしていたわけでもないので、 ここでは当日の講演に関する記録や記憶をもとに、 改めてこのテーマについて筆者・高木の考え方をまとめることにしたい。

ICカード乗車券を取り巻く状況…急転回

ICカードという言葉がマスコミに登場したのは、 1980年代後半ころのことだったのではないかと思うが、 ごく最近まで、 少なくとも日本ではあまり頻繁にお目にかかるものではなかった。 ところが、 日本でも最近になって急速にICカードをみかける機会が増えてきた。
参照: OHP #3

一般人が操作しない業務用のシステムでICカードを利用する例はかなり前からあるが、 これも身近な場所でずいぶん増えたようだ。 一例を挙げれば、 筆者が普段通勤に利用しているバス会社でこの1年ほどの間に自動放送装置を入れ替えた。 新システムはICカード上のディジタル音声データを再生するものと思われ、 従来のテープは使われなくなった。 ワウ・フラッターがなくなり、 音質は明らかに向上している。

社員証としての利用も広まりつつあるようだが、 最近 東京工業大学が学生証をICカード化したことが話題になった (毎日デイリーメイル Mobile 1999年7月26日)。 東京大学工学部でも、 教職員と学生向けに似たシステムを試験導入中と聞いている。
参照: OHP #7

海外、 例えばフランスなどでは、 古くから金融決済用として接触式のICカードが利用されている。 フランスのものは、 日本でいう銀行キャッシュカードとクレジットカードが一緒になったようなものであり、 銀行でのお金の引き降ろしだけでなくショッピングなどにも幅広く利用され、 しかも不正利用の割合が非常に低く抑えられているという。 わが国では従来、 クレジットカードも含め単なる磁気カードであることが多かったが、 セキュリティ上の利点が認められICカード化の動きが広がりつつある。 OHPにも写真を掲げた日産自動車の販売店のカードは、 ICカード上にユーザの車の整備に関する情報を記録することで、 新たなサービスを提供する目的があるものと考えられる。
(日産ICカードの写真はOHP #4の写真下)

新しいところでは、 NTTが1999年3月から設置を始めたICカード公衆電話が挙げられよう。 ICカードをテレホンカードに応用するのは日本が世界初ではないらしいが、 先行各国が接触式カードを用いたのに対し、 NTTのものは世界初の非接触式カードとのことである。
(カード表面の写真はOHP #4の写真上右)
電話機は東京・大阪から順次導入を進めるそうだが、 今回の産業応用部門全国大会出席のため長崎を訪問した際に、 長崎駅前にある県営バスターミナルのロビーでも見かけたから、 順調に導入が進めば遠からず一般的になるものと思われる。 新しいICテレホンカードは、 偽造などの不正が問題となった従来のカードに比べセキュリティ上優れているが、 念には念を入れてということなのか、 カードに有効期限が設定されているのが興味深い。 また、 カードは使い捨てタイプであり、 カードの端のタブを折り取って使用開始し、 残額がなくなれば捨てることになる。
(カード裏面の写真はOHP #5を参照)

電子機器製造メーカ各社が、 ICカードを利用したソリューションを提案し売り込むための社内組織を整備しつつある、 というような報道(一例: 「日立、ICカードシステムソリューションズ発売」, 毎日デイリーメイル Computing, 1999. 7. 5)を目にすることが多くなったのも、 こうした状況の反映といってよいだろう。 ICカード応用システムに関する一般の認知度の高まりにメーカが呼応し、 ビジネスとしてICカードシステム売り込みに本腰を入れ始めつつあるものと解釈できる。

こうした状況のなか、 交通(出改札システム)への適用例も急速に増える兆しを見せている。
参照: OHP #8
ソウルのバスカード、 香港の Octopus Card(中国語では「八達通」) などのシステムが成功裡に利用されている状況は日本でも知られているが、 他の各国でも研究は進んでいるようである。
(Octopus Cardの写真はOHP #4の写真上左)
そして、 国内でもいよいよ導入の機が熟しつつある。 すでに汎用電子乗車券技術研究組合(TRAMET)が東京都交通局の地下鉄12号線およびバスでの実験を行っている (この6月に終了)。 山梨交通の路線バスでICカードによるシステムが本年度内に使用開始されることも最近になって報じられた (毎日デイリーメイル Mobile 1999年7月19日。システムを提供するNTTデータのプレスリリースはこちら)。 そして、 長らく技術開発で先行してきたJR東日本が、 いよいよ2001年1月にICカード出改札システムを導入すると発表している。 JR東日本によるシステムは、 従来別な磁気券として同社が発売してきた定期券とストアドフェアカード (商標名: イオカード)の機能を併せ持ったシステムとなる。 東京圏に導入されるため、 導入後はこの種のシステムとしては世界最大規模となる、としている。

ICカード乗車券の魅力、あるいは磁気カード乗車券の課題

このように導入の機まさに熟しつつあるICカード乗車券の魅力とは何だろうか。 この疑問に答えるためには、 現在使われている磁気カード乗車券の課題とは何かを考えてみれば明らかになろう。 それらは以下のように要約できる。
参照: OHP #9
  • 乗客にとって改札通過が容易でない
    磁気券式自動改札装置を導入する際、 従来「見せて通る」 だけであった定期券乗客に対してこの問題は特に顕著に認識されることになる。 現に、 1980年代終わりから1990年代初めにかけ急速な自動改札導入を行った関東地区では、 これら乗客からの強い反発を招くことになった。 こうした利便性の低下に対するひとつの回答がストアドフェアカードであったのだが、 定期券との組合せ利用には難が残り、 事実上定期券旅客の利便性低下は放置されることとなった。

  • セキュリティ機能の欠如
    定期券を拾得して利用する、 あるいはプリペイドカードを偽造する、 などの不正に対し、 磁気券システムは確かに弱い側面を持っている。

  • 現状以上の多機能化は困難
    例えば、 2001年1月からJR東日本がICカード化で行うとされている機能複合化 (定期券+ストアドフェアカード等)は、 磁気券では困難とされている。 また、 共通使用可能範囲を拡大することにも難がある。 例えば、 現在東京都・神奈川県・埼玉県の18事業者のバスにおいて共通に利用できる 「バス共通カード」が発売され好評であるが、 このカードは当初東京都区内のバス路線に共通利用可能というところから始まり、 順次利用可能範囲を広げていった。 ところが、東隣の千葉県まで利用可能範囲を広げようとしたときに、 カードの記憶容量の限界につきあたってしまったという。

  • 自動改札機の設置・保守にかかるコストが高い
    自動改札機の設置コストは、 現在首都圏で広く用いられているタイプで約1000万円/通路、 さらに多機能・複雑な新幹線用等は約2000万円/通路 などとされ、 非常に高価である。 さらに、 改札機は複雑な機構を有するため保守コストも非常に高く、 100万円/通路・年 にも及ぶという話を聞いたこともある。

これらの課題は、 ICカードの導入によって以下のように改善できると期待されている。

  • 乗客にとって改札通過が容易になる。 (参照: OHP #10
    これにはふたつの要素があろう。 第1に、 カードを(狭いスロットに)挿入する動作から、 touch-and-go (カードをリーダライタにタッチさせて通る動作) へと変化することにより容易になる側面。 そして第2に、 定期券とストアドフェアカードなど、 従来複数枚のカードであったものが機能統合され、 カードの扱いが楽になる側面である。

  • セキュリティ機能。 (参照: OHP #10
    現行の磁気券システムでは実現していない 「ネガティブリスト」による管理が実現する。 紛失届け出があったものなど、 不正が疑われるカードのリストを作成し、 これらが改札通過しようとする際ブロックすることができるようになる。 また、 磁気カードに比べ偽造も困難になろう。
    なお、 海外では、 磁気券ではどうしても持ち主の手から切符が「離れる」スキを作らざるを得ず、 この対策として非接触ICカード化を考えているというケースもあると聞いている。 日本は現在のところ治安がいいためあまり考えなくてもよさそうな利点だが、 筆者は残念ながら比較的近い将来治安が急速に悪化し、 こうしたことまで考慮する必要も出てくるようになると考えている。

  • 現状以上の多機能化。 (参照: OHP #11
    これらは、 定期券をストアドフェアカードの組み合わせなどの機能複合化、 共通使用可能範囲拡大などを含む。 海外の事例では、 社会的弱者対応割引などの compulsory discount (直訳すると「法的に義務づけられた割引」) のシステムがあまりに複雑なため、 ICカードでないとこれらのすべてに対応できないケースもあると聞いている (ロンドンなど)。

  • 設置・保守にかかるコストの削減。 (参照: OHP #11
    現行の磁気券自動改札装置は、 投入されたカードを搬送し、 磁気ヘッドで接触読み取り等をせねばならないため、 機構が複雑で高価になるうえ、磨耗が激しく保守にも手を焼くことになる。 これに対して、 非接触ICカードのリーダライタは機械的摩耗がなく保守コストが低いうえ、 安価・小型で既存改札機への搭載改造も容易だ。 磁気券に対応しないリーダライタは安いので、 JR東日本では磁気券自動改札装置非設置駅にもこれらを導入する計画だ。 一方、 ICカード自体のコストは高いが、 磁気カードでは難しかったカードの再利用等が可能である。

ICカード乗車券の問題点

というわけで、 ほとんどいいことずくめのようなICカード乗車券なのだが、 いうまでもなくデメリットもある。
  • カードのコストが高い。 (参照: OHP #12
    従来の磁気カードに比較して 「非常に高い」 というのがICカードの問題点のひとつとして挙げられてきた。 ただ、 ご承知のようにこの種のものは量産が進めば安くなる可能性を持っている。 すでにご紹介したICテレホンカードのように、 カードを使い捨てる考えも検討の価値はある。 しかし、 公共交通向けでは当面の主流はリローダブル・カードである。 リローダブル (reloadable) とは、 ストアドフェアカードとして利用する場合にカードの残額がなくなったとき、 カードにお金を「積み増す」ことが可能なものをいう。
    このようなシステムをとる場合、 カード自体のコストが高いことや、 セキュリティ上の様々な理由などから、 デポジットの徴収が必須と考えられる。 ところが、このデポジットが利用者からは 「よけいなお金をとられた」と感じられると、 普及の障害になってしまう。
    香港では、カード1枚当たりHK$50のデポジットを徴収しているが、 カード残額不足時にはこれを保証金としてマイナスバリューを認めるサービスを行っている。 国内のTRAMET実験でのアンケートによれば、 デポジット負担を 「金額によっては許容する」 と答えたモニターが全体の49%に上っているが、 その金額は平均すると700〜800円あたりではないかと思われる。

  • カード内情報の表示手段がない。 (参照: OHP #13
    現状の非接触ICカードでは、 カード内のメモリに記憶されている情報を表示する手段はカード自体にはなく、 何らかの表示装置にカードを近づけるなどする他ない。
    JR東日本は定期券とストアドフェアカードを統合したICカードを発行する予定だが、 定期券情報については繰り返し印字可能な特殊な樹脂券面を開発して対応するものの、 ストアドフェアカードに関係する部分は電子的記録のみとなる。 都営12号線で行われたTRAMETの実験においても、 このことは多くのトラブルの元凶になったようだから、 注意が必要と思われる。
    香港のケースでは、 ICカード化以前から、 印字情報のまったくない当日用磁気乗車券が繰り返し使用されていた (磁気乗車券の写真はこのOHP)。 このようなものが現にあったため、 ICカード化でも違和感がなかったのが幸いしているかも知れない。

  • 複数カードの使用に弱い。 (参照: OHP #15
    非接触ICカードはデータキャリアの一種であるが、 データキャリアはふつう複数カードが同時に1つのリーダライタの通信可能領域に入るような使い方はしない。 NTTのICカード公衆電話ではカードスロットに2枚まで挿入可能ということだから、 リーダライタが複数枚のカードと同時に通信できないということはなかろうが、 枚数が多くなればなるほど困難になることも事実である。 また、 ICカードの公衆電話では 「挿入順序にかかわらず残額少ないカードから使用」 という単純なルールでカードを処理することにしているが、 現在のように事業者ごとに独自のカードが混在しているような状況を想定したら、 このような単純なルールでは話は済まないことが明白である。 例えば、 A・Bという2事業者の列車が相互乗り入れする接続駅で、 A・Bの各事業者の区間のみ有効なストアドフェアカードを2枚リーダライタに 「かざし」 てしまった場合、 自動改札装置では安全な処理がなし得ないことになろう。
    このようにいろいろなことを考えると、 複数枚所持の必要性自体を減らす必要があることが明らかだ。 そのためには、 事業者間の共通乗車化が必須と思われる。 TRAMETの実験では、 この辺りの複雑さを回避するため 「仮想的ポケット」 なるものが考えられているようだが、 こんなものでは問題の解決にはなり得ない。

日本での導入は成功するか?

以上の利点や問題点を考慮にいれつつ、 日本で急に展開しつつあるICカード出改札システム導入の動きが成功するかを考えてみると、 いくつかの懸念が浮かび上がってくる。

共通乗車化

日本の大都市圏では多くの公共交通事業者が乱立しており、 それぞれが独自の運賃体系を持っているために、 利用者から見ると複雑怪奇かつ不便なシステムとなっていた。 共通乗車化は、 従ってICカード化以前からの課題なのだが、 現在でもはかばかしい進展は見えない。

それでも、 最近になってようやくいくつかの動きが出てきた。 1996年より関西地区の大阪市交通局や民鉄などが共通ストアドフェアカード 「スルッとKANSAI」を発売、 最終的には25社局のネットワークとなる予定である。 関東地区はこれにだいぶ遅れをとっており、 現在は「スルッとKANSAI」導入後に営団地下鉄(「SFメトロカード」) と東京都交(「Tカード」) のそれぞれが発売するストアドフェアカードについて共通利用が可能になった程度であるが、 こちらもようやく2000年秋から共通化を始めることが発表された。
参照: OHP #17
しかし、 2000年秋からの関東地区民鉄の共通化は、 時期尚早との理由からICカードではなく磁気券でスタートすることが決まっている。

一方、 関東地区ではバスの共通化が非常な早さで進んでいたが、 すでに述べたように磁気券の記憶容量上の制約から千葉県内への拡大ができずにいる。 山梨交通のバス路線へのICカード全面導入も、 バス共通カードがいずれICカード化されるのを見越して先行する狙いがあるのではないかと思われる。

このような形で、 JR・民鉄・バスと3者が個別に共通化される方向性がほぼ明確になったが、 JRと民鉄、 あるいは鉄道とバスの共通化には、 今後も相当な時間がかかるのではないか。

割引がない

鉄道用のストアドフェアカードは、 現在のところ割引がないのがほとんどである。 今後ICカードが導入される場合でも、 鉄道に関しては割引サービス等は望み薄だ。 このことは、 ICカードに利用者を誘導する観点からは大変なマイナスになり得る。

香港では、 非接触ICカードの Octopus Card 導入以前から Common Stored Value Ticket なる磁気券方式のストアドフェアカードを販売していた。 このストアドフェアカードでも2〜3%程度の割引はなされていたようだ。 しかし、 このOHPにある料金表を判読すればわかるように、 Octopus Card は導入当時この Common Stored Value Ticket より割引率を高めに設定し、 利用者をわざわざ誘導していたのである。 この磁気券方式のストアドフェアカードは現在発売していない。

香港のシステムは1997年の導入当初トラブル続きで、 同年10月頃にたまたま視察に訪れた筆者が現地の人から聞いた Octopus Card に関する評判は散々なものであった。 それでもこのカードがこれだけの支持を得たのは割引サービスのおかげとしか、 筆者には考えられない。

関東地区で「バス共通カード」が広まったのは、 共通化に加わることによって利用者が増える効果が確認されたからと聞いている。 この背景には、 このカードの割引率が比較的高い (5000円カードで850円のプレミアムつき) ことが作用していると考えられる。 TRAMET の実験でも、 多くのユーザが 「バス共通カード」 でバスを利用していたことから TRAMET のカード (割引なし) はバスではほとんど利用されなかったと聞いている。

何をもって導入が「成功」したというか曖昧ではあるが、 ここに挙げた問題点はICカード乗車券の広範な普及にとっては確かに大きな懸念材料といえる。 しかし、 JR東日本が導入するICカードは定期券とストアドフェアカードの機能を統合しており、 従来ストアドフェアカードによる利便性向上のいわば 「かやの外」 に置かれてきた定期券乗客を取り込むことができるタイプのものである。 筆者としては、 まずはJR東日本の動向に期待しつつ見守ることにしたいと思う。

一歩先の技術たち

参照: OHP #19

ICカードなるものが初めて世間に知られるようになってから、 もう15年程度の時間が経った。 この間、 この技術にはいろいろな期待が寄せられてきたが、 それらのいくつかは期待通りの輝かしい成果を得たとは言いがたい状況にある。

その典型例は電子サイフというコンセプトかも知れない。 各地で鳴り物入りで行われた電子マネー実験の結果は、 報道などを総合すると 「惨敗」 と呼ぶに相応しい低調ぶりだった。

そして、 この他にも似たような例が続々登場しそうな気配だ。 冒頭に掲げたICカード式公衆電話もその轍を踏みそうである。 電話機の設置は確かに進みつつあるが、 そこで電話をかけている人を見たためしがない。 あまりの反響のなさに製造元の田村電機製作所が慌て出し、 普及活動に自ら乗り出した、 という記事が電気新聞に掲載される状況になっている。 (この記事への筆者のコメントはこちら

保険証をICカード化し、 カルテの記載情報をこの中に押し込めてしまう、 というアイディアもあったが、 実現する気配すらない。 最近(大会終了後)読んだ電子メールニュースによれば、 ドイツでネット経由で 「いつでも、 どこでも」 情報を引き出せるサービスがスタートするとのこと。 こうなれば、 何も保険証にカルテ情報を記憶させて患者が持ち歩く必要はないわけだ。

こうした状況のもとでは、 ICカード技術は決して古い技術には成り下がっていないにしても、 かつてのような「輝き」はすでに失ったとはいえそうだ。 そして、 公共交通切符のICカード化は電子マネー関係者にとっては 「失地回復のための最後の望みの綱」 という側面を持ち始めているようだ。

しかし、 JR東日本が開発に1987年着手してからでもすでに10年あまり、 この間にページャ(ポケベル)・ 携帯電話あるいは携帯情報端末の急速な技術進歩が起こったのは改めて書くまでもなかろう。 これらを使えば、 現行のICカードなどより遥かに便利なサービスを利用者に提供できる可能性がある。

1995年から1998年までにかけて、 東京大学・JR東海寄付講座の研究グループの一員として、 筆者はIPASSコンセプトの提案を継続的に行った。 鉄道はじめ公共交通の 「出改札」 を改革し、 利用者にも交通企業にもメリットがあるようなシステムの提案を目指したものである。 このコンセプトにおいては、 「出改札」 と俗に呼ばれているシステムの機能として、 運賃徴収、 顧客たる乗客に関する情報の収集 (収集された情報は交通企業によるマーケティングに活用されるべきものである)、 乗客への案内の3つがあると考え、 この3つのいずれについても考えうる最良のものを与えるシステムを考えた。 議論の結果、 現在普及しつつあるようなICカードはこの目的にはあまりに非力であり、 現在の PHS に近いイメージの端末を利用すればある程度実現可能らしいということになった。

IPASS コンセプトの提案当時は 「こんなものいつ実現するのだろう」 と提案者自身が半信半疑なところもあったが、 最近の携帯電話等の開発・普及の状況を見ると、 コンセプトに記述したことのかなりの部分が今すぐにでも実現できるレベルにあることがわかる。 それどころか、 部分的にはすでに携帯電話の付加サービスとして実現済みとすらいえる。

例として、 NTTドコモの提供する「iモード」のサービスメニューを見れば、 すでにそこには 「トラベル予約」 などの文字が踊っている。
参照: OHP #21
「トラベル予約」 の内容は現在のところ航空券関係だけのようだが、 ここに鉄道やバス等の予約サービスが入ってきてはいけない理由はない。 予約が簡単な操作で容易にできるようになれば、 「予約」の対象となりうるサービスの範囲も拡大することが予想されるから、 新幹線や特急列車の指定席というイメージから大幅に外れる列車、 例えば通勤電車の「予約」をすることが一般化してもまったく不思議ではない。 また、 乗客のニーズに応じサービス内容の多彩化が進めば、 「乗客案内」 の重要性が今後いや増すことは避けられず、 その結果こうした情報サービスに対するニーズも増加することになろう。

公共交通の分野においても、 ICカード技術はこうした新しい技術との競争に早晩さらされることになる。 筆者としては、 健全な競争の結果としてよいサービスが提供されるようになることを期待するばかりだ。

まとめ

講演のまとめとしては、 OHP にもある通り、 以下の3点に要約させていただきたい。
  • 非接触ICカードによる乗車券システムの実用化の機運は急速に高まりつつある。
  • 国内での導入が成功するかどうかは現時点では懸念材料もあり予断を許さない。
  • 携帯情報端末の進歩で、いずれは技術やサービス内容について競争が起きることになろう。

当日の質疑内容

  • いわゆる出改札システムにおいて 「運賃徴収」 「乗客案内」 「顧客情報収集」 の3点をセットで考えるべき、 というIPASSの提案には(個人的には)賛成だが、 こういう考え方が広まらないのはなぜだと考えるか?

    IPASS コンセプトにおいて、 公共交通を運営する企業側に対するメリットは、 「顧客情報収集」 機能により乗客ニーズのより詳細な把握を行い、 その結果として乗客ニーズにより合致したサービスが行われることにより、

    1. サービス向上による乗客数、すなわち収入の増加
    2. サービスの提供に要するコストの抑制
    を実現しようとするものである。 当然のことながら、 このようなことが公共交通企業のメリットとして実現するためには、 可能な限り精度の高い情報を事前に入手しておく必要があるはずだ。

    乗客ニーズの動向をつかむもっとも簡単かつ確実な手段は、 予約状況を把握することである。 予約を入れてもらうことでニーズ(需要)予測の精度が上がり、 よりコストが安い輸送が可能になる。

    ところが、 現在の鉄道における価格設定の現実はといえば、 「自由席」 の価格が予約を伴う 「指定席」 の価格より安い状態になっている。 このような価格設定によって、 せっかくの高精度情報を手にいれる機会自体を失ってしまっていることになる。 IPASS の考え方にすなおに従うなら、 特殊なサービス (編成に1つしかない豪華個室とか、 前面展望座席とか) でもない限りは、 自由席の価格は指定席のそれより高いのが当たり前である。 これは価格設定のゆがみであり、 需要が大きい市場を相手にして商売をしていた時代の名残と考えられる。 IPASS のような考え方が受け入れられるためには、 こうした価格設定に関する考え方自体の変更が求められる。

    このように影響範囲が経営の根幹に近いところにまで及ぶことが、 こうした考えを受け入れることの難しさとして現れるのだろう。

  • 当初非接触ICカードによる出改札では 「鞄のなかにいれておくだけ」 で通れるなどといわれていたような気がするが、 まもなく実現するシステムでは touch-and-go などを要求されるようになっているのはなぜか?

    自動改札通過時に、 運賃徴収動作の開始を意識づけるためには、 touch-and-go のような動作が必須と考えられたためである。 それだけでなく、 自動改札機においてすべてを処理する現行のシステムでは、 こうしないと様々な間違いを生みかねないという技術的な限界もあったものと想像される。

    今後、 携帯電話等による出改札が実現するころには、 あらかじめ予約を求められることにはなるかも知れないが、 改札通過時にこの種の動作を要求されることはなくなるのではないか。


高木 亮 / TAKAGI, Ryo webmaster@takagi-ryo.ac
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