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東武5000系メモ >> 東武5000: 78増備
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ページ執筆 2003. 10. 21
最終更新 2003. 10. 21

78系の増備

東武5000系メモ

1955年前後というと、 東武、 そして国鉄からの払い下げ部品で電車を作り続けていた西武をのぞく大手民鉄では続々と 「高性能車両」 が登場してきていた。 代表的なのが、 営団300形・小田急2200系・東急(旧)5000系だろう (いずれも1954年登場。ただし営団300形は実際には前年に完成していた)。 すでに1954年には、 メーカ側から私鉄各社への高性能電車の激しい売り込みによる混乱を懸念した 「私鉄経営者協会」 (現在の日本民営鉄道協会) が、 高性能電車の 「共通仕様書」 なるものを作成したくらいである。 1957年に登場した小田急3000系(SE車)が、 東海道線上での高速試験で145km/hを記録したのも有名だろう。 こうした民鉄の動きに背中を押される形で、 国鉄がのちに101系と呼ばれることになる電車の試作車を登場させたのも 1957年である。

東武鉄道は1955年には車両の新造をしていないが、 おそらくこうした動きを眺めつつ次期車両についていろいろ勉強中だったのだろう。 げんに、 翌1956年に日光特急用として名車1700系が登場している。 この1700系、 活躍した時期は短かったものの、 6050系登場までは歴代の東武電車のなかで最高の傑作ともいわれた。 だが、 通勤車としてはなぜか7800形にいくつかの小変更をほどこしただけの 7850形(のち改番して7890形) が登場することになる。 この判断は、 これ以前1953年ころに導入した特急車5720形に、 営業用電車としては初めて採用した 「直角カルダン駆動装置」 が非常に不調であったことにその原因を求めることができる。 経済性と信頼性を旨とする通勤車には時期尚早、 という思いがあったのだろうが、 1956年時点の判断としてはまさに 「羮に懲りて膾を吹く」 の典型といえるだろう。

それにしても、 併結を考慮したとはいえせめてもう少し外観や内装を 「見られる」 デザインに変更しておかなかったのは痛恨であった。

7850形の改良は、 車体や客室設備関連の小変更 (特に長距離列車に用いるためにトイレを設置)のほか、 重要な違いとして機器配置の変更と歯数比の変更 (1:4.13)があげられる。 歯数比の変更は明らかに加速力重視の結果とみられる。 おそらく従来の歯数比では加速度1.6km/h/s程度だったと思われるが、 これが2.0km/h/s程度まで向上した。 のちに、 歯数比が元々1:2.87だった73系や7800形にも歯数比を変更した車両が登場している。 これまでの歯数比の電車との併結で、 衝動などの問題が出なかったか不思議ではあるが。

この後、 トイレのない7820形(1957年登場)、 「塗色試験車」として登場した日立製の7860形(1958年登場)、 そして最終グループとなった7870形(1960年登場)まで延々と増備が続いた。 なお、 1959年ころの増備分から制御装置が東洋電機の ES-567-A に変更になっている。 そして、 1961年に新造が打ち切られたとき、 78系は164両の大所帯となっていた。 だが、 技術的な点 (特に吊掛式駆動と重ね板バネ台車の使用) も含めたあらゆる点から見て、 1960年時点でさえ78系の古めかしさはもはや覆い隠しようのない状態になっていた。


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高木 亮 webmaster@takagi-ryo.ac
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