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1999. 12. 12記

新幹線トンネルの打音検査 (天声人語)

  • 朝日新聞 1999年(平成11年)12月10日(金)朝刊 第40859号 1面
    天声人語 (新幹線トンネルの打音検査)

もくじ

「朝日新聞=天声人語」説

よく朝日新聞の悪口をいう人がいる。 特に産経新聞あたりを読んでいると、 何でこうまで目の敵にするか、 と思うくらいよく批判されている。 著作権訴訟で全面敗訴 (参照: この記事) した小林よしのり氏あたりも元気に批判している人のひとりである。

そういう人は、 朝日新聞とはすなわち 「天声人語」 である、 ということがわかってないのかも知れない。 つまり冒頭に掲げた等式である。

「天声人語」 というこの有名なコラムは、 朝日新聞の1面の下の方に毎日掲載されている。 だから天声人語は朝日新聞に含まれているのは当然である。 しかし、 朝日新聞が何をいいたいか、 といえば、 それは毎日「天声人語」だけ読んでいれば済むらしい、 と高木は最近気づいたのである。

実際 「天声人語」 はエッセイとして非常に上出来である。 先日上坂冬子氏の文章力を問題にした「RTざんまい」の記事でも、 電気新聞に掲載された彼女のコラムと 「天声人語」 を比較してみたが、 その気の利いていることは他のわが国の新聞のコラムと比較しても群抜であると思う。 そしてそれは社説をも凌駕している。

朝日も含め、 日本の大新聞の社説は大したこといってないのは有名である。 例えば、 勤務先の社内ネットでは業界関連記事として検索にひっかかった記事 (ただし日経だけ) を読むことができるようになっているが、 たまにその日経の社説が検索にかかって掲載されることがある。 ところがそれを読むと唖然とすることが非常に多い。 「社説」 というからには、 それは新聞社として authorize された意見であるはずだ。 それなのに、 日経の社説の多くが、 何らの主張もないただの解説記事のようなものなのだ。

朝日の社説も高木はほとんど目を通したことがない。 どうせどこの新聞を見ても大した主張がないからだが、 それなら 「天声人語」 が読める朝日のほうが一歩上かな、 と思う。 「天声人語」 はやはりエッセイであり、 多少はすに構えるようなところがある。 それは多分に無責任さにつながっているけれど、 エッセイであればそれをあげつらうのもおとなげないというものだろう。 そのような無責任さもそれなりの視点を提供してくれることはあるし、 何よりエッセイとしての上質さは大したものである。

問題は、 その 「天声人語」 の無責任さが新聞全体に敷衍されてしまっているようにみえることなのだが…

JRの情報隠蔽の体質

その 「天声人語」 が、 この日はその前日に報道 (報道は参考文献1) された山陽新幹線のトンネルの検査結果を取り上げている。

冒頭から、 「JR西日本は惰眠をむさぼっていたとしか思えない」 ときた。 確かに、 報道内容によれば打音検査で異常があったのが約4万ヶ所にも上ったというから、 「天声人語」 が 「ことばを失うほどの恐るべき数であり、状況だ」 (第3段落) としているのはわかる。

ただ、 第4段落末尾で 「いささか失礼ながら、 この会社の幹部の頭を打音検査してみたい。 いったいどんな音が響いてくるのか」 とあるのはいただけない。 さらに追い討ちをかけるように 「目下、危険な個所の叩き落としや補強作業の最中。 今年十五日までに終わる予定だそうだが、 この期限も気になる」(第5段落) という。 6月の最初の事故で0系電車が大破した後の補強工事の際、 「夏休みの多客期でなるべく早く完了するにこしたことはない」 と幹部がいったが、 それが 「『なるべく早く完了する』 ために期限を切った? そう疑いたくなるのは、 やむを得まい。」 (第6段落) と結んでいるのは、 やりすぎというものだろう。 少なくとも第6段落にあるようなことは事実ではないだろう。 まあそう思っていたいならそれはそちらの自由だが。

第3段落で天声人語は 「では、 こうした危険は一挙に生まれたのだろうか。 むろん、 そうではあるまい」 としているが、 実際には 「一挙に」 生まれたに近い状況であることはいくつかの事実から容易に想像できる。

少し異なる例であるが、 東京のJR線には両国駅の脇から地下30メートル程度の深さにもぐり、 東京駅を抜けて品川に至る地下線がある。 総武線快速・横須賀線等の電車が走るこの地下線の建設当時、 地下水位は非常に低い位置にあったため、 あまり地下水の対策はとられていなかったようである。 現在東京地下駅構内では、 地下水位上昇で駅全体が浮力を受けて壊れないようにアンカーで地盤に構造物を剛結する工事が行われている。 これも時間がかかることだが、 駅間部はもっと以前から時間をかけて対策が行われてきている。 地下線の駅間部はいわゆるシールド工法によるトンネルだが、 シールド工法では掘り進むのに使うシールド機械 (筒の先端に掘削装置がついているもの。 これを押し出してトンネルを掘り進む) が通過した後何もしなければトンネルが崩壊してしまうため、 セグメントと呼ばれるものをトンネルの周囲に組んで1次覆工とする。 地下水の漏水等を気にしなければ、 このセグメントむき出しのままでよく、 このトンネルも現にそうなっていた。 ところが、 建設後地下水位が順次上昇してきて漏水が激しくなったため、 後になって2次覆工を施工し、 漏水を防止する作業が行われている。

ところが、 この工事というのが非常に時間がかかるものであるらしい。 列車を止めればもう少し早いのかも知れないが、 止めずに行おうとすると終電車が行ってから始発が来るまでの短時間に作業が終わらなければならないため、 100メートル分の工事に1年とかそんな時間がかかるというのだ。

年100メートルでは10km程度の地下線の工事を完了するのに100年かかる計算になってしまうが、 人をたくさん入れれば恐らくはずっと短い時間で工事ができるのだろう。 それにしても、 新幹線のトンネルは距離がはるかに長いから、 対策工事を本格的にやるとなったらJR西日本の経営が立ち行かない事態になることすら十分考えられる。

しかし、 JR西日本に情報を隠蔽するような体質があったことも確かだろう。 トンネルの補強をこれだけの規模でやることが事実上不可能であるということは、 おそらく現場やそれに近い人々は早い段階でわかっていたのではないか。 そして、 それがどんな結果を招くかもわかっていて、 それが明るみに出るのがこわかったのかも知れない。

「コンクリートが危ない」へのコメントでも述べたように、 JR西日本は1995年兵庫県南部地震のあと補修工事が終わるまで、 新幹線の六甲トンネル内に部外者を立ち入らせなかったという。 そのことを指摘した京都大学の尾池教授は 「JR西日本の方針は、 わたしには理解できません」 とだけ述べている。 今思い返せばそういうことだったかと思うが、 当時地震の際に断層が動かなかったのに山岳トンネルの内部が壊れたと聞いて、 何だか不思議な気がしたものであった。 地震が非常に強い揺れを伴ったのでそんなものかと思った程度だったのだが。

記憶が定かでないのだが山陽新幹線で数年前にトンネルの一部が剥がれ落ちて何かをこわし、 長時間不通となったことがある。 高木はそのときも 「トンネルのコンクリートが剥がれるなんて」 と思った。 阪神・淡路大震災で壊れた高架橋の復旧がいい加減だという話 (「コンクリートが危ない」にも掲載されている) は別に聞いていたので、 それと併せて 「JR西日本の土木関係はどうも信用できないのではないか?」 と疑いを持ってはいた。 しかし、 このことと山陽新幹線の高架橋のコンクリートがいい加減な作りであることをつなげて考えることはできなかった。

報道機関側を責めるような言い方をすると、 こうした情報を集めて突き詰めてゆけば、 現在の問題を明るみに出すところまで追求することができたと思うのだが、 それはいささか酷というものだろう。 「コンクリートが危ない」 でも高架橋はともかくトンネルに対してはあまり指摘がなされていない。 もちろん、 著者の小林教授もトンネルの調査の実績があまりないからなのだろうが。

今回このように乗客の死亡等がない形で明るみに出たのは、 じつに不幸中の幸いと言うべき事態だった。 もちろんJR西日本が安全を軽視していたというわけではなく、 事故を起こさないために必死の徒歩巡視等を繰り返していた結果死亡事故にならずに済んだ、 ということだろうとは思う。 しかしともかく、 こうなってしまった以上JR西日本はまず事態の深刻さを余すところなく公開することから始める必要があろう。 「コンクリート…」 の小林教授も言うように、 山陽新幹線は現在はJR西日本のものではあっても社会に不可欠なインフラストラクチャである。 JR西日本独力での補強が事実上不可能ということなら、 そう言って政府の助けを求めるしかないだろう。 参考文献3によればそれは1兆円を超えるような大規模工事になるとのことであるが、 整備新幹線の建設を待ってでも優先して進める意義と必要性がある工事である。

参考文献

  1. 「山陽新幹線 劣化、約4万ヵ所 トンネル内緊急総点検 ひび割れは1300ヵ所」, 朝日新聞, 1999年12月9日(木)朝刊, 40858号 (1999), 1面
  2. 小林: 「コンクリートが危ない」, 岩波新書, 岩波書店 (1999) へのコメント
  3. 山陽新幹線:抜本的補修に最先端工法 検討委が提言へ (毎日interactive, 1999. 10. 23)

高木 亮 / TAKAGI, Ryo webmaster@takagi-ryo.ac
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